2012年03月15日

【釜石報告】番外編〜広報が見た釜石〜

こんばんは、広報担当です。

今回の釜石ボランティアでは初めて、ブログを担当している広報二人がそろって現地入り
し、釜石から活動を報告し続けました。私たち二人が見て、聞いて、感じたことをここに
載せたいと思います。まずは、広報ATから。


 広報担当ATです。
 私は今回、11月のボランティア活動ではバスで通過するだけだった釜石の地を、初めて踏みしめることができました。3ヶ月半前とあまり変わらないように見える商店街を実際に歩き、破壊された一階部分や壁に残った水の跡等を見て、その被害の大きさを改めて感じました。しかし、工事現場に何度も遭遇し、土台などを作っている所を見て、復興への歩みを実感したのも確かです。釜石の人たちは本当に温かく優しい方々で、そんな皆さんに、一時も早く心の安寧が訪れるよう願うばかりです。

 また、私は「かまいし復興の祈り」において切符販売のお手伝いをさせていただきましたが、声を張り上げてお会計することくらいしかできませんでした。しかし、多くの方が切符を求めていらっしゃったこと・2000枚を完売できたこと、とても嬉しかったです。切符の収益は三陸鉄道への寄付となると聞いたとき、前回のがれき撤去作業の際に見た線路が、大きく捲れ上がっていたことが思い出されました。地域の方々の足である路線の復旧を、心より願います。

 そして最後に。私事ではありますが、私広報ATは今月をもってVSを離れます。
思い起こせば去年5月、地震を受けて自分にも何かできないかとの思いから、動き出したばかりのVSに飛び込みました。いろいろ迷惑をかけつつ、それでもVSに参加できたことはとてもありがたかったです。広報新リーダーIMはとてもしっかりしているので、何の心配もなく任せることができます。至らない広報でしたが、今まで関わってくださった方々、本当にありがとうございました。


続いては広報IM。

 私たち都留文チームは10日の朝、釜石に入った。湿った雪の舞う中心街を見渡してみると、復旧相半ばな光景が何度かつづいた。真新しいローソンの隣にはつぶれた一軒家、という具合に。整備されたところと、そうでないところの差が明らかだ。私は7月に宮城の気仙沼に行って以来の被災地だが、気仙沼の時は遠くの海が見えるほど何もない光景が広がり、正直自分の中で状況の咀嚼が困難だった。何をどうとらえていいのか、わからなかった。だが、今回の釜石は違った。もっとも、あの震災から月日がたち一年を迎えようとしているのだから違って当然である。ただ、何もない更地状態よりも、鋭く現状を突き付けられている気がした。
 
 中心街を抜け、山を一つ越えると、気仙沼の記憶がよみがえった。小高い丘のような瓦礫が雪をかぶって居座り、ごめんねとばかりに仕方なく佇んでいる。道路脇にぽつんと立つ選挙看板が実に見苦しく、空疎なものに感じられた。
 
 私は今回の釜石で、改めていろいろな「差異」を感じた。先に記した中心街の整備、未整備の差。中心街と外れの差。被災者と非被災者の差。そして、当事者(被災地と関わりをもっている人)と非当事者の差…。その差の中に現実があり、人、モノ、カネの動く余地がある。人にはそれぞれ役割があるのだとすれば、私たち文大生は当事者と非当事者をつなぐのが役割であり使命であると思う。現に「想いの木」はそのためにつくられた。ある参加メンバーの方がいっておられたが、今回の震災は間違いなく日本全体に突き付けられた課題である。本当は、そんな時に「被災者」「その他」で切って分けられる問題ではない。ことばはむずかしい。物事を区切ることは、思いや気持ちを区切ることでもある。つまり「その他」でもって、あの震災から目をそらすこともできる。
 
 だから、VSはこれからも、山梨と被災地をつなぐ頑丈な橋でありたい。媚びることなく、へつらわず、まっすぐに被災地と向き合いたい。少なくとも、物理的な隔たりは何もないのだから。




posted by VS スタッフ at 22:10| Comment(4) | 活動紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月14日

釜石スケッチU 人・ぬくもり・未来

〈1日目〉
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       うーの!はまなす商店街で

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       モザイクアート、富士山もお目見え

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       たのしいひととき、あかるいえがお

       
       宝来館での夕食の様子、ホントおいしかったなあ

〈2日目〉
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       宝来館前の根浜海岸、手すりが何かを訴えかけているかのよう

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       「復興の祈り」では、記念ろうそくも販売しました

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       「想いの木」から

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posted by VS スタッフ at 23:26| Comment(0) | 活動紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

釜石ふりかえり会

こんばんは、広報のIMです。

きょうは、先日の釜石ボランティアのふりかえり・反省会を行いました。

以下に感想を一部載せておきます。

  ・現地の人々の喜ぶ姿にやりがいを感じた。
  ・「想いの木」という双方向的なやり方がよかった。
  ・「モザイクアートして何の意味あるの?」とはじめ思ったが
   それで喜ぶ人がいることが分かった。
  ・「人」としてかかわることができてよかった。
  ・「釜石ファン」の一人として、また人と逢いたい。
  ・一口に「釜石の人々」といっても、津波の被害受けた人と、そうでない
   人がいることを認識した。
  ・「想いの木」のメッセージを釜石の人に頼むことについて。未だ心に傷
   がある方に頼むことはいいことなのか悩んだ。おこがましいとも思った。
  ・私たちは「3.11」を「迎える」気持ちでいたが、被災者の方々は口々に
   「今日(3.11)を乗り越えないと」とおっしゃっていたのが印象的だった。
  ・メディアなど伝えることで、動く人がいる。
  ・(「想いの木」のテーマである)「希望」にまで気持ち的に達せない人が
   現地の人々の中には少なからずいるということを認識した。それでも、今回
   の企画で「うれし泣き」された方もおられて、やった意味あったのかなと思う。
  ・「想いの木」はコンセプト、また視覚的にもわかりやすくて、(釜石の人々
   に)伝わったのでは。
  ・被災地の人とは分かり合えないと壁を作るのでなく、相手を想像することが
   大事だと思った。
  ・被災者またボランティアにかかわっている人/そうでない人、両者の間を埋める
   のがVSの使命だと思った。
  ・「復興」はゆるくてもいいと思った。(がれきとか、そういうものは除いて)
   まだ、被災者の中には気持ちの整理すらついていない人がいる。だから、そこに
   完璧な復興イベントを(こちらが)求めたり、「してあげよう」というのはどこ
   か違うように感じた。
  ・世界は理不尽で満ちている。一方、それを知らずに生きていける人がいるけれど
   やはり、知ることが大切と思う。
  ・被災していない人たちは、もっと「現実」を直視することが大事だと思う。
   そして、それに対して腹をくくることが必要。


やはり、いつの時も自分たちの活動の意味やそれが本当に正しいのかどうか
(誰にとって正しくて、誰にとっては正しくないのか)、考えさせられるものです。
それでもそれによって勇気づけられる方々がいるわけで、これからも継続的に被災地と関
わって行くことが大事だと思います。

今回のリーダーも言っていましたが、震災に関して被災者ではない人たち(つまり私たち)と
どう向き合い、何を伝えるかがいま一番求められているように感じてなりません。

「想いの木」は今後、私たちの大学のある山梨県都留市で公開する予定です。
posted by VS スタッフ at 23:01| Comment(0) | 活動紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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